「動物感覚」 テンプル・グランディン
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著者のテンプル・グランディンは自閉症の動物学者(あとがきでは、アスペルガー症候群と注釈されていた)
彼女の書く文章は端的で、翻訳書によくある「ちょっと気の利いた言い回し」のような表現がほとんどなく、事実を淡々と述べるスタイルの文章です。
第2章 動物はこんなふうに世界を知覚する
動物は物事をあまり一般化しない
「飼い主の男性」に慣れても、「男性一般」に慣れるわけではない。これを利用して、人を乗せたがらない馬であっても、馬具の種類を変えたら「その馬具と一緒に覚えた怖いイメージ」を忘れて、人慣れした馬になることがある(p292)
第3章 動物の気持ち
踊らないオンドリ
品種改良により作られた「成長が早い」「胸肉が大きい」ニワトリは、体重を支えることができず、足にケガをするようになってしまった。そこでさらに「頑丈で健康」になるよう品種改良を続けたところ、オスが正常な求愛行動をしなくなった。
脳の配線
白い動物、とくにアルビノは神経にかかわる問題をたくさん抱えている。目の青い動物も同様である。
動物や自閉症の人々には、投影、置きかえ、抑圧、否認など、恐れているものを無意識に押しこめるといった「防御機構」がないのではないかと著者は言う。
繁殖
牛と羊の繁殖はそれほど難しくないが、豚は難易度が高い。
基本的には人工授精を行うが、きちんと観察して世話してやらなければ、一腹あたりで受精する数が減る。
また、予防接種や医療手当などのスタッフは繁殖に関わってはいけない。
豚が怖がる(=ストレス)により、生まれてくる子豚の数が減り、その子豚も体重の増加が順調ではない。
動物の習性
・馬を一日中、ひとりぼっちで馬房に閉じ込めているのは虐待である
・猫とレーザーポインタについて
・けんかごっこは勝ち方を学習するためのものではなく、勝ち方と負け方を両方学習する方法ではないかという考察。
犬が言うことをきかなくなるから、「綱引きごっこ」で人間がいつも勝たなくてはいけないというのはウソらしい。毎回負けさせられた犬は、そのうち綱引き自体で遊ばなくなる。
動物の攻撃性
縄張り争いなどの喧嘩では、怒りの回路が誘発されることがあるが、捕食のための殺しには怒りがない。どちらかというと楽しんでおり、欲しいものを探すときの快感は、狩りの快感と同じだ。
それとは逆に、怒りによる攻撃は不快感を覚えるため、動物と人間は怒りが誘発されることが好きではない。なるべくなら避けようとする。
第6章 動物はこんなふうに考える
言葉がじゃまをする
言葉は視覚的な記憶を抑圧することがあきらかになっている。
精肉工場の監査
ふつうの人(=自閉症ではない人)が作るチェック項目は細かい。
たとえば、牛の歩行に影響を及ぼす事柄だけでも
・足の病気
・粗末な床
・飼料に含まれる穀物の過剰
・蹄の手入れ不足 …etc
などがあり、それらを全部チェックしようとするのが一般的だ(p351)
しかし、著者が監査を務めている工場では「足を引きずっている牛の数」だけを調べる。
足の悪い牛が多い=不合格になった工場だけ、原因を探して改善すれば良い。
ニワトリ工場で「3時間の消灯」を義務付けても、本当に守られているかどうかはわからない。ヒヨコの体重が軽すぎれば、十分眠れていない可能性がある(もちろん別の可能性もある)ということで、いくつかのNG項目をまとめてチェックするために、ヒヨコの体重を計る。
このような簡易化により、チェック項目を100→10に減らして、しかも非常に効果があったという。
文章についても「電動式突き棒の使用が最小限であること」だと、スタッフごとに捉え方が変わってしまうため、チェック項目には数字を用いる(「全体の25%未満」など)
さまざまなエピソード
学生のころ、B・スキナー博士を訪問したときのエピソード
・ゾウは何キロも離れたところにいる仲間と連絡できる
吼えているのだが、あまりにも低音のため人間には聞くことができない。足を踏み鳴らして、地面を振動させているという説もある(p85)
・聴覚が鋭いため、スイッチの入っていないラジオを聴くことができる人がいる(p89)
・ホルスタイン種の牛は、大量の乳を出すように品種改良された結果、恐怖心がなくなってしまった。何があっても動じないため、コヨーテに襲われても子牛を守らない(p304)
こちらもどうぞ
「心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋」
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本の題名には「うつ病」とありますが、メンタルヘルスに限らず、社会学やサブカルチャーを含む幅広い内容の本でした。
特集記事→ https://kangaeruhito.jp/interviewcat/saitoyonaha
精神療法
▶️ 特性の区分のところが面白かった
ADHD:反則だと知っていても、ついカードの裏を見ちゃう
ASD:ゲーム上で意味がないことをやってしまう
▶️ 薬や電気ショックでは「洗脳」できない
▶️ 「症状を出し切る」のは、中医学の好転反応のような感じ?
木村敏さんの説明が引用されている
▶️ セラピーのゴールは主体性を回復すること
承認欲求とお金
承認を、お金を出して買うことについて
>精神科の治療もある意味では承認ビジネスですが、一部の悪徳な医者を除けば、それはあくまで「回復して、いつか不要になる」ことを前提に行われています。
▶️ 社会人大学院が承認ビジネスになっている
▶️ 以下、オンラインサロンについての話題
▶️ ヤンキー文化の承認ルール。気合い、感謝、絆が良しとされ、先輩などを立てる一方、「下剋上上等」みたいな成り上がりも賛美される。
オンラインサロンに限らず、習い事やサークル活動も参加費+時間コストを支払うので、たぶん主催者が(商売のために)メンバーを依存させる方向に傾きすぎることが問題なのだと思う。
コミュニティのメンバーであることが人間に与える意味については、こちらの本を思い出した。🐰💬
その他
▶️ 映画「天気の子」が支持される理由
▶️ 大人になれないのは「あきらめることができない」から
▶️ 身体の有限性
スマートウォッチ、筋トレブーム、ダイエットなど、身体をコントロール(操作)することが流行している。
関川夏央さんによる三島由紀夫のエピソード↓
▶️ 「標準的とされる振る舞いができる人間である」という条件に合致した場合のみ、相互扶助のセーフティーネットに入れる。山本七平の日本教(=人間教)
第7章で出てきたジョーカーについての記事
言及されている本
その他本文で言及されていたもの(一部)
各ページに解説あり、巻末索引はとくに無し
webでも、おすすめの10冊が掲載されています。
↑このページの中で、神田橋氏の発言の箇所が面白かった。(OD=オープンダイアローグ)
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精神科医が見た投資心理学
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著者のブレット・スティンバーガー氏は現役の精神科医で、トレーダーでもある。彼のクライアントは主に医学生や研修中の病院関係者が対象で、普段はハードなスケジュールをこなしているが、何かの問題が起きて困っている人のための「短期セラピー」が専門である。
本書の中で最も強く印象に残ったのは以下の2カ所だが、500ページ全体としても得るものが多く、「負けるのは本当はそうしたいのだ」というような、精神分析にありがちな〈解釈〉ではない、状況の捉え方、解決策などが書かれていて、投資+心理の本の中では一番好きかもしれない。
(各章のタイトルは書籍のものではなく、ざっくりした説明として私が勝手につけたものです)
第1章 「問題」ではなく「解決策」に集中すること
著者は投資を始めたころ、きちんとしたデータ、頼りになるソフトウェアを準備し、本を読みセミナーに足を運び、熱心に勉強した。そしてもちろん失敗した。
トレード記録から自分の失敗を分析した結果、以下のすべてにおいて「一貫性がなかった」と述べている。
・投資規模(ロット)
・準備
・投資の実行(時間軸)
・観点(ティックに集中して大きなトレンドに注意を払っていなかった)
・市場離脱(手仕舞いのルールにシナリオがなかった)
逆に、上手くいったトレード(細かい上下に振り回されず、落ち着いて戦略通りに行動できた)は、建玉が小さいときだった。規律を守れない原因を見つけるには、上手くいったトレードのパターンを探すと良い。
第2章 失敗は敗北ではない
損切りは失敗のように見えても、損失が膨らむポジションを放置したままチップが全てなくなれば敗北する。目の前の事象を捉え直すことで、逃げていた決断を実行できるようになったケース。
また、マイナスの感情から切り替えるための方法がいくつか紹介されていた。2つ目の「一定の手順」のところは、条件反射制御法と似ている感じがした。
第3章 感情を情報として利用する
ポジションを取ったあとリラックスできず、身体がこわばり、前屈みになり、手に汗を握っているならば、もしかするとそのポジションは間違っているのかもしれない。自分でも気がついていない「何か」を、 脳が無意識が見つけている可能性があるからだ。
トレード中の感情が問題なのではなく、感情に没頭してしまうことが問題になってくる(マーケットに没頭しなくてはいけない)
不安をコントロールする方法のひとつとして、EMDRに由来するやり方が紹介されていた。
第4章 何が欲しいのか
ダイエットに失敗する原因は、健康になろうと決意した人格と、甘いものを食べようとする人格は「別人」であり、それぞれの願望を理解しなければいけないという話。
例えば上記の場合であれば、エキサイティングな体験を投資以外の場面で行えば、投資では興奮を求めなくなる。何かをただ「やめさせる」ことは難しいが、別の願望にシフトさせることはできる。
また、過去の成功体験もトレードの役に立つ。例えばゴルフなどで、失敗したプレイを忘れて「今」に集中したことがある人は、投資でも同じようなモードを解決策として使えるはずだ。
第5章 反復すること
パターンをくり返すことは、 オペラント条件付け(正の強化、負の強化) が行われている状態である。
ストップを守れない、ロットを入れすぎる、利食いが早すぎる、などの悪いパターンも「良いパターン」を繰り返すことで上書きすることができる。
古いパターンを踏襲しようとしているその場面で、意識的に「新しいパターン」を実行し、それを何度も繰り返して定着させること。
犬に芸を覚えさせるように何度も反復して、ようやく自分の一部にすることができる。
第6章 大きな変化を使う
・片目を閉じた場合、左脳と右脳を個別に使うことになるので違った視点見ることができる。
・デスクから離れて運動してみる。姿勢を変える
・大きな声を出す。スポーツ選手も気持ちを切り替えるためにこのような手法を使う
また、極端な変化を取り入れることも、自信をつけるための良い方法らしい。ポジションを取りすぎる場合に取引を1日1回に絞ったり、普段のロットを拡大する場合に、少しずつではなく一気に増やす。
逆に、たとえばアナリストの言葉を鵜呑みにしてポジションを取ることは投資に不可欠な自信を失わせ、自ら「決断できない人間」であることを認めていることになる。
第7章 相場にボコボコにされる
アルコール依存症の患者が本気で断酒しようと思うのは、当人が本当に「もうたくさんだ」と実感したときで、一般的に〈底つき体験〉と呼ばれる。
投資家も、現在の失敗から新しいパターンを「ほんとうに」獲得したいと思って努力するためには、一度は退場寸前まで追い込まれる必要がありそうだ。
おわりに
努力について、こちらの動画で印象的な部分があった。
「くたくたに疲れているときに、さらにパズルを解くような訓練をする。身体と同じように脳も鍛えることができる」
「狂いの構造」ほか
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シリーズ3作目
1+2作目は絶版ですが、こちらはkindleでも出ています。
kindleサンプルからはカルトと陰謀論の話を読むことができます
・若い人は未熟で、弱いのは当たり前。得意なことが1つあれば、ある程度叩かれても平気だけど、その前に叩くと社会に参加すること自体ができなくなってしまう。
・違和感は大事。正論やデータで説得してくる人もいるが、自分が最初に抱いた違和感のほうが合ってることが多い
・スランプに効いたのは「掃除」
こちらのエピソードは1作目にも出てきます。
・京極夏彦氏について。彼は1日の仕事時間を決めていて、一段落しても「飲みに行こう!」モードにならないとか
・良いメンタルクリニックの選び方(!)
受診しようと思えていること自体、かなり浮上できているということなので良いことであると。
シリーズ1作目
1〜3のうち、こちらの1作目が一番読み応えがありました。2作目「無力感は狂いの始まり」も読んだのですが、あまり記憶に残っておらず。
・本書で何度か言及される「デッドゾーン」(ネタバレなので内容は伏せます。映画もめっちゃ面白かった)配信なし、ニコニコにアップされてた。
・DVやひきこもりが解決しにくい理由
・大量の文章を送ってくる人について。
これを見たとき「なるほど」と思い、私も長いメールは読まなくなりました(主旨は大体分かるので)
犯罪者の思考
・ローラ・ブラック事件の犯人(ストーカー)への取材から。彼はターゲットの女性を撃ったがケガを負わせただけで、フロアにいた無関係の7名に対する殺人罪で収監されている。
「戦争では1人殺すよりも、1人負傷させたほうが、傷の手当てで2人使うから3人動かせなくなる」みたいな、理屈は通ってるけど・・・という逸話
犯罪者の合理的な思考については、「狂いの調教」でも以下のような描写があります。
・ほとんどの加害者は、被害者意識がある
・たとえ殺人犯でも、殺した瞬間については覚えていない人が多いという流れから
前後の文脈なしに引っ張り出すと、少し乱暴になってしまったりする箇所が多く、なかなか引用だけで紹介するのが難しいのですが、ぜひ原本を手に取って楽しんでみてください。
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表現と物語
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作品を作ることについて語られたものと、「物語とは何か?」のヒントになりそうな文章を集めました。
作家
物語
>『物語とふしぎ』を書いているうちに、この本には書かなかったが、子どもの頃に読んだ面白い話を思い出した。(中略)
あるところに幽霊が出て人々を困らせるのだが、その幽霊は出てくると、「今宵の月は中天にあり、ハテナハテナ」と言うのである。
確かになぜ月は中天に浮いているのか、ふしぎ千万である。これに対して、納得のいく説明ができないものは、ただちに命を失ってしまう。恐ろしいことである。まさか、当時は万有引力の法則がわかっているはずもないし、どう答えるのか。ところで水戸黄門は幽霊の問いかけに少しもあわてず次のように答えた。
「宿るべき水も氷に閉ざされて」
すると幽霊は大喜び、三拝九拝して消えてしまった。つまり、これは、黄門の言葉を上の句とし、幽霊の言葉を下の句とすると、三十一文字の短歌として、ちゃんと収まっている。そこで幽霊も心が収まって消えていったというわけである。
子ども心にもこの話は私の心に残ったのか、未だにこんな歌の言葉まで覚えている。私は子どもの頃から妙に理屈ぽくて、「なぜ」を連発し、理づめの質問で大人を困らせていたので、論理によらない解決法というのが印象的だったものと思われる。これはひとつの日本的解決法と言えるのではなかろうか。
> 何度も述べてきたように、人間は不本意な状況に置かれると、「なぜ?」と問います。そして、不本意な状況があまりに深刻だったり、あまりに長期化したりすると、「なぜ生きてるんだろう?」と問うてしまうようになります。
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